イノウエさん 好奇心 blog

井上慶太郎の学術系スナップショット。月1予定。

"差異"

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ということで
"反復"は恋心のようなものだと知りました。
どの分野でも、専門用語ってありますけど。
徐々にでもわかってくると面白いですよね。

 

"差異"も面白いです。
「あめ」と聞いて「雨」にも「飴」にも受けとれる。「雨」や「飴」の中でも思い描かれる色や形は、ひとそれぞれで違う。そんな"差異"があります。

ところで、うちの姉は、ある日、待ち合わせ場所を指定されて、それが調布駅の"ひがしぐち"だったんですけど、それを"ちらしずし"と聞き間違えて、寿司屋を探しに走ったことがあるそうです。これは差異でしょうか?

差異は、特に、言語学者フェルデナン・ド・ソシュール(1857~1913)によって注目を集めるようになりました。意味するもの・意味されるもの=シニフィアンシニフィエ、の関係で表します。

飴の場合は、"飴"という単語がシニフィアンで、"飴のイメージや全体像"がシニフィエです。この辺りがソシュールの分析した"差異"です。

 

ですが

哲学には、もう一つの領域の差異があるようです。
"力=Puissance"の差異です。
これは、全くおなじ「飴」を見ても、人によって違う、という質の差異です。
過去の経験、記憶、興味、漠然とした関心が関わると、その飴に特別感が加わるからです。要は"反復"を生む差異です。
この"Puissance"の差異を、"質的な差異"や"内的な差異"と言ったりします。

 

 「差異」はドゥルーズにとっても、また現代の多くの哲学者にとっても、核心的主題であり、それはソシュール言語学から発展した構造主義が、「差異」の概念を新たな光のもとに浮かび上がらせたことに、かなり影響されていた。しかしベルクソンから、その後の展開に欠かせない認識を受け取っていたドゥルーズは、差異について考えるときも、その認識を手放さない。(略)

 1955年のベルクソン論は、まず『程度の差』(量的差異)と『本性の差』(質的差異)を巡って、ベルクソン哲学の問いの姿勢そのものを考えようとしている。

P29『ドゥルーズ流動の哲学』宇野邦一

 

ところで

ジル・ドゥルーズは、この内的な差異を、"微分"を使って表します。微分は曲線の傾きなどで、数学の時間に登場したやつです。苦手な人は★まで飛ばすと楽です^^

わかりやすく言うと、"見えない力"です。
例えば、体重50kgの人が、もしダイエット中だったら、次の週にはもっとやせる。食べ盛りなら増えます。同じ、50kgの時点で、その先を左右する見えない力が働いている。この力を"微分"によって求めることができます。

 

そこで、哲学はこの"微分"の考え方を、ものの認識にもってくるんです。
この発想が面白い。 

出典は難解ですけど、噛み砕くとわかります。

ライプニッツにおいては、外在的な諸差異と内在的な諸差異との親和性は、既に、〜内部から空間を生み出すための点において、連続的なものの総合を遂行する、強度的な、差異的=微分的エレメントに基づく内的プロセスに依存していたのである。

p54『差異と反復』1968 ジル・ドゥルーズ 1992 河出書房

"外在的な差異"は例えば、シニフィアンシニフィエの差異です。

"内部から空間を生み出すための点"とは、
哲学だと目の前の現実は、人間側の認識によって現実化(=Realize)するので、ここは"認識"や"イメージ"だと解釈できそうです。

"強度"は、普遍性や、法則を批判する時に頻出する最近の哲学の特徴で、"しなやか"と解釈してみます。

"内的プロセス"は、思考の経路です。

概すると

ライプニッツにおいては、外在/内在的な差異を調和させるのに、イメージ(点)をつなぐ(総合)しなやか(強度的)な、微分の価値に基づく思考に頼っていた”
と、解釈できそうです。

 

具体的にいうと

「美しい花を買ってきて」と花屋の前でお願いされたとします。
あなたは、自分の頭の中の"美しい=優雅=華やかetc"のイメージに合わせて、いくつかの花(点)を選びます。
同時に、ずっと見ていると、他の花にもそれぞれ固有の良さがあると気がついて、強弱はあるけれど、"自分には美しい"と感じる場合の"美しさ"が生まれる。すると、そもそも頭に描いていた"美しさ"が、点でなく線になる。(総合)

雑駁な理解ですけど。
いずれにしても、ライプニッツのしなやかな視点を、ドゥルーズは評価します。


★それから

ライプニッツは、当時、天才アイザック・ニュートン(1642~1727)と数学における研究成果を競っていたんですね。そこで、唯一、同時期に微積分を発明していたニュートンより、表記法(dx/dy)が解りやすいということで、後世に痕跡を残しました。

なんと微分記号を発明したのが、ライプニッツさんだったんですね。

 

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こうして
"力=Puissance"が、微分的なもので、さらに固有の価値を生む力だと言うことが解りました。ちなみに"微分"の英語表記。"differential"で、そのまま"差異的"ですw

 

ところで

"差異"を無くすためにはそもそも、現物を指定したり、"力=Puissance"を無くす方が、奨励されるように思います。それなのに、どうして"Puissance"も"反復"も重宝されるんですか?

 

私見ですけど

美しい花の条件が事細かに規定されるようになったら世の中、味気ないですよね。
ですけど、"とらやの羊羹"を思えば、事細かな規定にも大賛成ですw
一つの商品・サービスにとって等価・等質は大切ですよね。

生活者の視点だと、気の赴くままの興味や、趣味、探究心が社会を面白くさせるのを知ってます。開発者にとっても良い結果に繋がるのも知ってます。Puissanceの大事さがわかります。

ちなみに、ドゥルーズ先生は、この辺に収斂させてます。

頭脳は交換の器官であるが、心は反復を愛する器官である
P20 『差異と反復』


そうでした、そもそも"反復"は恋心でした。
大事じゃないわけがありません。

   

にしても、数学の微分と、ものの認識とを繋げるなんて、この人って面白いです。

一部にすぎないですが、"差異"、なんとなく覚えました^^

 

 

ドゥルーズ 流動の哲学 (講談社選書メチエ)

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差異と反復〈上〉 (河出文庫)

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差異と反復〈下〉 (河出文庫)

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