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イノウエさん 好奇心 blog

井上慶太郎の学術系スナップショット。月1予定。

人を楽しませる先生

 私は幸運にも1人の哲学者を知った。それは私の先生であった。


 彼は、そのもっとも元気な時代には、若者のように陽気で、きびきびしたところを持っており、しかも私の考えでは、晩年までそういうところを残していたと思う。
 ものを考えるための広い額は、何事にもめげない快活さと喜びの宿る場所でもあり、ゆたかな思想を含む言葉が彼の口から流れ出て、冗談や洒落などを思いのままに言う事ができ、人を教える講義が、人を楽しませる会話と同じだった。
 ライプニッツ、ヴォルフ、バウムガルテン、クルージウス、ヒュームの考えを吟味し、ニュートンケプラーその他の自然学者の説く自然法則を追求するとともに(中略)、話をつねに、自然のありのままの認識と人間の道徳的価値へと、もどしてゆくのだった。
 人類史、民族史、自然史、自然学、経験から、多くの例を引いて、講義や談話に生気を与えた。知るに値するものなら何にでも興味を持った。真理を拡大し闡明(せんめい)することに比べて、人間同士の悪だくみとか、徒党とか偏見とか名声欲などは、少しも彼の心を惹かなかった。彼は我々を励まし、自ら考えるよう、快く強いた。圧制は彼の心には無縁だった。この人の名を私は最大の感謝と敬意とをもって言うが、それはイマヌエル・カントである。彼の姿を私は今も喜びを持って思い浮かべる。


ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー
『世界の名著32 』中央公論社 p9


中央公論社の『世界の名著32』は、ドイツの哲学者、イマヌエル・カント(1724~1804)を特集しているんですが、本人に教わったヘルダー(1744~1803)によると、当時の講義の充実感が伝わってくるようです。そして、

おでこが広かったとのことです。

これを見ると確かに。
f:id:keitarrow:20151001130953j:plain

思いのほか、だいぶ怖そうな方ですねw


ところで、自分の話で、あれなんですけど。
自分が出くわしたカント師匠の、面白い視点は、このあたりです。

紀元前のギリシャ人は、幾何形体の研究が好きで、中でも円錐(えんすい)を輪切りにしたり、切り口に潜む何らかの特性を調べて、そこから数式を導いたりしていた。らしいんです。

一見、何の役にも立たないようなこの研究。実は、楕円と放物線が円錐の断面から生まれていて、どちらも同じ仕組みを持ってることを証明できる、ってものなんですけど。

時を隔てて、17世紀。
ケプラー(1571~1630)をはじめとする天文学者は、かつてギリシャ人の円錐ゴリゴリ研究で得た楕円の数式を手がかりに、一挙に、地球と太陽系の惑星の軌道を算出します。
さらに、後に誕生するニュートン(1642~1727)の万有引力も、放物線と楕円の関係を応用します。

誰に教わるでもなく研究された古代のギリシャ人達の研究が、天文学と物理学の飛躍的な進歩を生んだ。
カントは具体的に学者名を出したり詳しく述べたりしていないですが、物事の本質にせまったギリシャ人を、「その成果は後人を裨益(ひえき)した」と、著書『判断力批判』(1790)の中で評価します。

もっと面白いのは次です。
この例を引用して、カントはギリシャ人の研究能力を評価したわけではないんです。こんな風に教えます。

人は誰に教わるでも無く、そもそも、本質に心を関わらせる理性の力を備えている、と。損得でひとまず計算できない"理性"に人間の価値がある、その一例が、引力のことも知らずに、ひたむきに円錐を研究したギリシャ人と天文学の関係に顕著だ、と考えるんです。

それから、一応、誤解がないように捕捉すると、みんなが円錐に興味を持つ訳ではないです。理性は、人それぞれの方法で、備わってるってことですね。

にしても、カント。思いのほか、恐ろしい顔つきでしたね。
額の広さは、たしかに。


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以下、岩波文庫の篠田さん訳でカントの言葉を抜粋。

彼ら(ギリシャ人)は楕円の特性を研究した。しかしどの天体もそれぞれ重さを持っているという事を予測もしなかったし、また引力点からそれぞれ異なる距離に置いて作用する重力の法則も知らなかった、ところがこの法則こそ、自由な運動を営む天体に楕円の軌道を描かせるのである。こうして古人は、自分では意識せずに研究しながら、その成果は後人を裨益したのである。

判断力批判 (下)』岩波文庫 P16

物の本質に根源的に属すると思われるものの必然性にこそ、我々が自然に対して大きな驚嘆の念を抱く根拠〜である、しかしその根拠は、我々の外にあるというよりもむしろ我々の理性に存するのである。
なお、かかる驚嘆の念が、誤解によって次第に狂熱にまで昇じたとしても、それは十分に恕(ゆる)されて良い。

判断力批判 (下)』岩波文庫 P17


この箇所では、同時に、カントのテーマの一つでもあった理性の"誤解"のことが書かれてるので貴重です。
損得で測れない理性を頼ると、人によって正しさがずれてしまい対立を生む、この性質(アンチノミーetc)をカントは熱心に分析して、著書『純粋理性批判』(1787)の中でまとめます。

それから、理性の対立も乗り越える、実践的な理性が何か、ということを『実践理性批判』(1788)の中に記します。

いろいろ難しい事で有名なカントですけど、

純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三大批判書を通して展開する、知性とか感性の混ざりあう人間らしさ分析は、想いもつかないほど詳細で、好きな人にはドつぼです。
素人にも解る解説書に目を通したり、知ってる人に、解るように教えてもらえたりすると、ようやく、面白いのがわかってきます。自分は、中島義道さんのカント解説から始まりました。

自分は、学士レベルなので、専門ではないですけど、かめばかむほど、味ある人だなぁ、と思わされます。

生の講義を受けた人達の感想も、もっと聞いてみたいです。
ということで、世界の名著32から、カントを紹介してみました。


世界の名著〈32〉カント (1972年)

世界の名著〈32〉カント (1972年)