イノウエさん 好奇心 blog

井上慶太郎の学術系スナップショット。月1予定。

イノウエさんは具体的にはブログを書きます

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 1月20日のワシントンポストは、「神は壁を否定していない」と語るある牧師さんと、トランプ氏が対談したことを話題にしておりました。
"God not against building walls"

 ...神はそんなふうに思うんですかね。

 ところで今日ぼくは、自分の目標を書こうと思います。それは"その人らしさ"を世の中に増やすことです。当たり前のことを言うようですけど、読んでいただいた人と共有できることがあるかもしれない、と思うので、もうすこし噛み砕きます。
(2/4updated)
 そもそも、世の中にはいろいろな人がいて、人それぞれの価値観を持っているので、他人に必要以上に関心を向ける必要はないかもしれないです。二丁目にできたラーメン屋は立地が悪い、まもなく潰れるだろう、とか、難民受け入れを表明した時のドイツの外交官は評価できる、と発言したりすることは、本当は必要ないのかもしれないです。
 やるべきことを仕損じると痛い目にあいますけど、余計なことに気を配って失敗した場合はなおさらだからです。そのことを分かっていれば余計なことに首を突っ込まないほうが良いはずです。
 恋人の誕生日、余計なことに気をとられて一度プレゼントを渡し忘れたとしたら、殺伐とした空気が数時間とか1日を通して流れるでしょうか、否、場合によっては次の年の誕生日まで響くと思われます。
 だから、「自分のしなければならないことも出来ないうちに、中途半端に他人に気をかけないほうが良い」と、世間で言われるようなことも常識的に思えてきます。リスクのありそうな世界と自分のいる世界との間に壁を作る常識です。

 ですが、大勢の人と同じで、自分のこれまで見てきた世界は違うものでした。もっと心地の良い世界です。
 何が違うのかというと、それは良い意味で、もっといい加減な世界でした。例えば、ぼくの父親の世界です。父は、月刊ムーという雑誌を好んで読んでいました。その雑誌には、ヒマラヤに800歳の聖者が今も生きてる、という記事を載せるレアな雑誌でした。聖者に興味を示す父は、夜はバラエティ番組を放映するテレビ画面に向かって注文をつけたり、電源をつけっぱなしで寝たりするような、ただの人間でした。父が、ある日、「天網恢々疎にして漏らさず」この言葉の意味わかるか?と尋ねてきました。

 それは中国の諺で、意味するところは、「天の網は、目が粗いけれど全てを覆い尽くす、転じて、肝心なのは大局で見ること」なのだそうです。
 正直、何が何だか、今も、よくわからないですが、変わった状況や人に触れ続けてきました。高校時代のA石やK藤も同じです。とにかく血気盛んな変な人間が、周囲を取り巻く世界でした。
 その世界は、壁には穴だらけで雑多なものが入り混ざる環境でした、「人それぞれ」と、簡単に縦割りで全肯定できない世界で、それより、余計な関心が横に広がるような世界だったと自分には思えます。隣の高校にすごい奴がいる、などいろいろな余計な噂話に関心を寄せていました。
 それは日本野鳥の会の人が探鳥会に集まったり、みうらじゅんが”いやげもの”を集めたりする世界に近い気がします。分かりやすく言うと、楽しく散歩が続けられる環境です。
 
 というわけで、明確な価値を強くする世界でなく、輪郭のおぼろげな、その人らしさの価値をより広げていきたい、というのが、今更ながら掲げるわけではないですが、自分の目標です。探究心や問いかけの価値を他の人と味わったり楽しんだりすることが実践方法です。
 具体的な方法は、自分にとってはブログを書くことです。他の記事←

 徐々に、露骨に、排外的な方針に傾くテレビで放映される風潮に、うっかり触発されましたが。

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