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イノウエさん 好奇心 blog

井上慶太郎の学術系スナップショット。月1予定。

2017年新宿ガザ地区

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 2009年1月16日、イスラエルのニュース番組「チャンネル10」の放送中、コメンテーターのシュロミ・エルダーは突然、電話をとった。相手は友人であり、ガザのジャバリア難民キャンプ出身のイゼルディン・アブラエイシュ医師だった。医師は、封鎖され報道機関の立ち入りが許されないガザから日々近況を報告していた。「ああシュロミ、ああ神よ...家が爆撃された。私の娘が殺された。私たちが何をしたというのか。...神よ」
 生放送されたこの映像は、瞬く間に他局やネットを通して全世界に拡散された。この映像を見たイスラエル南部、スデロット出身の女性はこう語る。「イスラエル社会の大半の人々が見たくなかった」「見えなかったパレスチナの人の苦しみが声と顔を持ってしまった。それはもう憎むべき敵ではなく、一人の人間、一つの物語、一つの悲劇、そしてあまりに大きな痛みだった」イスラエル人をはじめ全世界の視聴者たちは、封鎖化されるガザへの攻撃で家族を失ったパレスチナ人の痛苦の実態を目の当たりにすることになったのである。

2014 ラジ・スラー講演会 資料集
『ガザに生きる自由と尊厳を求めて』P27 黒田くるみ


上記の惨事に襲われたアブラエイシュ医師は、下記のように、表明しました。

「もし娘たちがパレスチナイスラエルが和平に向かう道のりの最後の犠牲者だったと知ることができたなら、私は彼女たちの死を受け入れることができるだろう。たとえ、イスラエル人全員に復讐できたとして、それで娘たちは帰ってくるのだろうか。憎しみは病だ。それは治癒と平和を妨げる。」
イゼルディン・アブラエイシュ


アブラエイシュ医師にとっての問題の解決法は、憎しみを憎しみで復讐する方法でなく、治癒する方法に変えるものでした。
その治癒の方法をさらにメディアを通して拡散させます。

ところで、今日、僕は、打ち合わせのため、新宿のバスタ内にあるDEAN & DELUCAに来ております。
早めに着いたので、ジャンバラヤの弁当を食べてコーヒーを飲み、図書館から借りてきた『人生の意味の心理学』(アルフレッド・アドラー)に目を通していました。

読み返すと、アブラエイシュ医師とアドラー心理学の共通項に気がつかされるのでした。それは、共同体感覚をとおして解決策を図る点です。

「人生の意味」の印は、それが共通の意味を持っているということである。
他の人が共有できる意味であり、他の人が受け入れることができる意味である。人生の諸問題への妥当な解決は、他者に対しても常に手本になるだろう。なぜなら、そこに我々は共通の問題が成功した仕方で対処されているのを見るからである。天才ですら最高の有用性に過ぎないと定義できる。

ルフレッド・アドラー『人生の意味の心理学』訳 岸見一郎 2010
[What Life Should Mean to You, Alfred adler ,Little, Brown,1931]


一般的に複雑だと思われる問題に対して、多くの場合は諦めてしまう状況がよくあります。たしかに、大抵の場合こんな風に。

1. 複雑な問題は解決の方法がない
2. もしあったとしても理想論でしかない
3. 考えるだけ徒労に終わる

ですが、共同体感覚を抱いていれば、思考のプロセスは変わります。

1. 他者の複雑な問題を解決する創意工夫は、自分の問題に応用できる
2. もし解決策が理想論なら、理想に向けた小さな努力を具体策にできる
3. 興味を抱くことで他者の問題が自分の問題になる

追記:著書を読んだイノウエなりの解釈です

イスラエルの砲撃で苦しむガザ地区の記事は、アブラエイシュ医師が、想像力を選んだことを伝えるものでした。
復讐ではなく治癒の方法を選び、三人の娘の命を争いをなくすための犠牲と考えた、その想像力です。
彼の苦しさは計り知れませんが、彼の問題への対処する姿は、自分の共同体感覚を通して、自分なりの行動を引き出します。

僕は、ブログを書きます。


資料をお貸ししていただいた図書館員さん、今回もありがとうございました。

ところで、明日は2女の初節句、私は、あんみつの寒天作りと、ちらし寿司が担当です。
ひとまず、ここに全力を投じたいと思います。